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こんばんは。ひろきです。
まるみさん、お久しぶりです。懐かしいお名前再び! 嬉しい!
って、またもこんなに時間があいたらご覧になってないですね・・・(汗)
うう・・・。どうも、相変わらず、自分勝手な管理人で申し訳ありません。
大学生だった人は社会人。というか、中学生だった人が、
もう就職決めてたりするぐらいですからねぇ。時が経つのは本当に早いです。
この掲示板もかれこれ7年以上存在だけはし続けている訳で、何ともはや、ありがたい。
ダラダラ続けてるだけという状態ですが、それでも時折顔見せてくださる方が
いらっしゃるというだけで、私一人幸せになってしまいます。申し訳ないくらい。
さて、クラシック音楽の話にかこつけて。
クラシックってなんだか、とても素人だと申し訳ない気分でコンサートに行きづらい。
素人を寄せ付けない「通」の人ばかりが行ってるイメージがあって、コンサート会場って、
気易く分け入っていけない場所なんですよね。
なんとなーく、「すみません、素人なんですけど、端っこに混ぜてもらっていいですか」
という、実に卑屈な感じで私は席につくんです。ちょっとビクビクしてる。
あるいは「私だってお金払ってチケット買ってるんだい」と妙に肩肘張ってたり。
とにかく、なかなか平常心では会場に赴けない。
でも、一旦コンサートが始まってしまったら、もうそういうのどうでもよくなってしまいました、
先日私が行ったヴェンゲーロフのは。もう、曲目なんか分からなくても別にいい!
バイオリンコンサートなんて初めてでしたが、素人丸出しのまま、むき出しで大感動。
泣いたり笑ったり、大変でしたよ、本当に。感動ってのはこういうことなのか!と。
とか言って、ここ最近、年中感動しっぱなしなんですが。
でも、行き慣れない場だけにその新鮮みも鮮やかでした。
なんで今日ここにいられたんだろう、って不思議で、幸せでした。
少し話しずれるんですが、今日は十年ぶりくらいに「さだまさし」のコンサートに
行きました。
ちょっと前に友人と話していた時、ふと昔聴いたさだメロディーと歌詞を思い出して、
それで、急に行きたくなって、端っこの席買ってみたんです。
そりゃもう、十年も経ってるから最近のアルバムの曲なんて全然知らないし、
まあ、とりあえず今の曲聴きに行ってみるかと、気楽ーに行ったんですが、
不覚にもまた泣いてしまった。
「主人公」というね、私が中学生時代に、何度も聞いてた大好きな歌のイントロが流れた瞬間に、
もう、ダーーーーっと。
最新アルバムの曲が主だろうと思っていたのに、何百曲もあるさだ曲から、
十数年も前のいちばん大好きだった曲がいきなり流れ出して、2秒で涙まみれ。
一曲聴いてる間中涙止まりませんでした。
青い時代の感情が全部蘇るようで、血が全部十数年さかのぼるようで、またもや大変。
あの頃の大事な友達のことや、当時の他愛もない悩みや、色々な事が、生々しく蘇ってきて、
恥ずかしいような、幸せなような、何とも言えない気分でした。
とにかく懐かしくて、嬉しくて、幸せで、切なくて、涙。
「ああ、今日ここにいてよかった」ってそのたったの一曲で思えた。
十数年も離れていたのだけど、思い立ってコンサートに行ってみたら、
やっぱり私にとって大事なものがそこにありました。
ああ、そうだ、私、この気持ちを大事にしてた、って思い出せました。
そのことに改めて気づいて、今日、その瞬間にその場にいさせてもらえたことについて、
神様だかなんだかに感謝したくなりました。
で、何が言いたいかっていうと、世の中、あるタイミングで、その人に必要なものは、
たいていちゃんと、供給されるようにできているんだなぁ、と。
ここ数年、色々グルグル回っていましたし、今もグルグル足踏みしたりしてるんですが、
思いつきで訳の分からないことやってると思っても、
「やってみたい」と思ったときが、やりどきなんだな、と思います。
それで正解、って思えることがたくさんあります。
なぜこんなことをしてるんだろうと思っても、
脈絡なく「こうしなきゃ」とか「こうしたい」と直感でとった行動は、
でたらめなようでいて、あながちはずれじゃないんじゃないか、と思う訳です。
別にコンサートに行くとかに限らず、大きな事でも小さな事でも、何故じゃ、と
理性じゃ分からないような突発的行動でも、直感が必要だと選んでるんだろう、と。
そんな簡単じゃねーよ、って、心の裏側のペシミストの自分がつっこみ入れたりもするんですが、
オプチミスト側の私は、そんなもんだよ、って思っています。
ああ、何が言いたいのやら。
とにかく、多分、誰でも、本来は幸せになれるはずだ、と。
外から無理矢理ねじ曲げられてる時もあるけど、自然に肩から力抜けば、幸せにつながるはずなんじゃないか、と。
そんなわけで、おやすみなさい。
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