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リスクの認識と対策を考えないといけない

 投稿者:ひろき  投稿日:2003年 4月30日(水)16時10分31秒
  私はできることを全てしているか、ということをまず考えないといけない。
写真の削除と最低限の謝罪文の掲載という、考えつく最初のことはやったけれど、
彼女・彼らの肖像権は、今でも危険にさらされているのは事実。
私みたいにとんでもない人がいるように、私以上にとんでもない人がいないとは限らないから…。

何もしないことが一番いいのか?
それとも、一人一人捜し出して、何らかの目に見える形の謝罪をし、そういう事態が起きた時に
どうするか、事前に打ち合わせた方がいいのか、もうこの辺りはまったく考えつかないです。

どうしたいか、被害にあった人たち一人一人に問い合わせたい。
そっとしておいて欲しいというなら、仕方がないのだけど、
ちゃんと明確に別の形で謝罪が欲しいという場合は、何が私にできるか考えないといけない。
私が自分の手で一般の人の写真を公開することは今後一切ないけれど、
万一何か写真を悪用する人や、うっかりばらまく人が出たときに、どうしていいのか、
ちょっと分かりません。
私はどうやって私が原因となったそういった事態に収拾をつけられるのか、考えないといけません。

もちろんほとんどの場合が杞憂でしょう。
世の中アホがいると言え、今回これに関して私以上のアホが出る可能性は限りなくゼロに近いですから。
それでも、2chの中の一部の人(他人の容姿などを平然とあげつらって自分が優れているると言いたがる人や、
自分が情報を利用しているサイトの管理人さんにケチをつけては悦に入っている人など)
を見ると、私と同等のアホは、結構ゴロゴロしているぞ、と思うわけです。

こういう人は、行動を現在してないだけで、一旦行動する術を手に入れると、私と同等の大バカ野郎になる危険性を常に持っている。
(誰でもが思うことであっても、匿名という場であれ実際に口にして自分の下品さをさらせる人は、割と厚顔で無配慮なので、
私と同等に結構危ない因子を持っていると思う。)
そう言う人が何をやらかすかは、私みたいな大バカ野郎がこんな暴挙に出るとは
誰も思っていなかったと同じくらい全く読めないこと。

そうなったら、たまたま写真を保存していた人が、その大バカ野郎になった場合、
私が写真をさらしてしまった、被害者の人たちの被害がさらに大きくなる可能性は
あって、それがどんな使われ方をするのかは全く分からない訳です。

それでも、これは多分杞憂に終わるだろうとは思っているのですが、
いくらなんでも、悪意を持って赤の他人の写真をばらまいたり、使ったりするような
そこまで悪質な人はさすがの2chといえども、いないだろう、と思います。
また、こうやって何度か話題にのぼるのを見ていて、不用意に人に自分が持っている画像を
配る訳にもいかないということは、理解しているはずです。
ただ、悪意がなきゃいいってものでもなくて(それは私の例で明白。いくら最初の意図が
悪いことでなくともやり方を間違えれば結果は同じ)、危険はやぱりあるのです。
保存した写真を気軽に友達に配ったり、そういうことをしないでいてくれと、祈るばかりな訳です。
(依頼文をサイトに載せるべきかも知れない。抑止力は何もないけど、お願いすることだけはできるかも知れない。
何しろ最初の責任が自分にないとなると、その後の二次配布の責任とかは
非常に軽く思えてしまうのは当然だし。自分がしなくても誰かがする、と責任がまたもや分散される訳です。
後は、会社の法務の人とかに事情を説明してリスクを聞いてみるというのが今のところできる私の知恵の限界。)

そう言う意味では最初にURLがオープンになった場が2chと言えど、
ダンス板のバレエ系統のスレという穏やかな場所でまだ良かったと思ったりします。
 

今、しなければいけないこと

 投稿者:ひろき  投稿日:2003年 4月30日(水)15時48分9秒
  ともかくも、まずは謝罪をきっちりすることと、写真をアップロードされてしまった人の
権利をどうにか守るように努力を、まずはしなくちゃいけない。
コピーがいくらでも可能なデジタル写真というものを、どうやったら拡大を防げるのかを
考えないといけないけど、一旦出てしまった以上、それは無限増殖の可能性があるということを
しかと覚えておかないといけない。
そして、何も知らない人たちもまだいるはずで、彼・彼女らにそのことを警告すること。
(不用意にばらまく人がいないとは限らないこと、そのことで何らかの被害を
 受ける可能性があることを、どうにか知らせないと、いけない。)
おそらく、何らかの形で賠償請求ができるほどの形で悪用をした人がいたとしたら、
当然その賠償の要求はその悪用した本人にいくのだろうけど、責任の一旦はやはり私もあると
見なされるでしょう。(少なくとも私は自分で思うだろう…)
悪用の形がまったく思いつかないのが私の想像力の限界だけど、誰かが写ってしまった人の
権利を著しく傷つけるような何らかの行為をしないとは限らない。
(こういう場合って賠償請求って実際にその行為をした人より先に及んで、こっちにまで来るのかな?
法律はよく分からないけれど、あり得ないことではないよね)
あるいは賠償請求という意味では、私に対しては、精神的苦痛に対する請求がまず第一の可能性なのかな?
誰に悪用されるかされないかというのは別問題として、精神的苦痛を受けたという人は当然いるだろうから。
そうすると本気で私は、賠償請求の額の換算をしないといけない訳だろうか…。
まあ、ことがあらだって自分の写真がさらに外に見られるだけだから、裁判沙汰にしたい人は
普通はいないだろうけど、本当に腹が立っていれば、私に対しての制裁としてやりたいと思う人が
いないとは限らない。(調停か和解に持ってくんだろうな、普通)

抗議のメールをくれて謝罪のメールを返信した人からは、当然全く返事はなかったので、
彼女がどう思っているかは今も分かりません。
2chで卵をぶつけられ続けていることで溜飲を下げているのか、
不快なできごとだから忘れようとしているだけなのか、今も怒っていて、何らかのより大きな
謝罪の形をもとめようとして何らかの法的手続きを準備をしているのか、その辺りは全く分かりません。
改めてメールで問い合わせてみるのも手ですが、もし忘れようとしているだけなら、それこそ
さらに不快にするだけだし、この辺りはどうしたらいいのか、本当に分からない…。
もし、未だに不愉快な思いをしているのだとしたら、彼女(をはじめとする、その他の人たち)に対して
何をしたらいいのかちょっと考えてしまう。

一度アップされてしまった以上、それをなかったことにはできない訳で、
しかも「全部先に保存しちゃったもんね」と私が削除をかけた直後に語っていた人が少なくとも二人はいたのは事実で、
確実に他の人の手に渡った一般の人の顔写真が存在するとうことは事実。
その人たちにコモンセンスがあるかどうかの保証は、私にコモンセンスがあるかないかというのと同じくらい保証がない上に
悪意を持たれたら、あるいは悪意がなくとも、いつの間にかそれをばらまかれる可能性もある。

そうなったときに、私はどう対応するべきなのかがまだ分からないのです。
 

議論のすり替えをしようとしていた

 投稿者:ひろき  投稿日:2003年 4月30日(水)15時40分42秒
  結局、あらゆるファン=自分、自分=あらゆるファンという拡大解釈故に誰も不快にならないと
本気で思っていたというのが、そもそもの間違いなのだけど、
全ての問題はとにかく、見知らぬ個人に対して「無断」でその人の顔をさらしたという
その一言なのだと思います。
そこさえなければ、別に、本当に、悪いことは一つもしていない。
撮れた写真を、ダンサーに返すということが悪い訳はない。
ただ他人の顔を無断で載せたことがただ一つ悪いことだった。
その絶対的に正しくないことがあったせいで、
他の別に絶対的な罪でもなんでもないことまで(それこそ、人によって判断が分かれている出待ちの行為から、
果ては書く文章の質から、性格から、容姿から、私の持つ病気や、私の年齢や、独身だとかいうどうでもいいことに至るまで)「異常だ」として叩かれ、批判されることになった訳で、
その派生して出てきた部分について「これは下品だし、正当性がない」と怒ったところで、
種まいたの自分だろう、と思われて当然。盗人猛々しいとはこのことだろう?と。

私の「人の写真を勝手に掲載した」という行為は、批判を受けて当然だし、この先ずっと後ろ指を指されても当然のことでしょう。

ただ、繰り返し言うけれど、他の無関係なサイトやその中の参加者のことまであげつらう行為が
正しいと言ってる訳じゃない。
私のバカな行為は、そうされても文句は言えないだけのものであるというだけで、これが普通の人なら
当然文句言っていいことではある。私が普通じゃないから、普通の人ならされない批判の受け方をするだけだろうということ。
それを私がどうこう言う権利はあっても資格はないということ。
だからと言って、相手が前科者だからと言って日常生活を送っている時に
卵ぶつけて罵声を浴びせる、という行為はやはり下品だと思いますが。
ただ、それをたしなめることができるのは第三者だけです。ぶつけられた当の前科者本人は、
自分が前科者であるという時点で、腹が立ってもしおらしくなるしかないのも事実。
(本当は文句を言ってもOKなんですけどね。)
ぶつけた本人も相当に下卑た人間でしょうが、どちらが一般に悪いとされるかと言えば、
やはり卵ぶつけられた前科者の方が「前科者」だからね…。
「仕方ないよな、だってあいつは前科者だもん。罵ってる方は普通の人でしょ。犯罪者とは違うもん」、と普通はそういう反応になるわけです。
まあ隣ご近所にムショ帰りがいたら、こそこそと噂話をするのは当然あるでしょう。
あの人の前の会社はなんだった、あの人はこんな病気を持っている…。他にこんな仕事を今しているらしい。
何歳らしい、こんな手紙をこの間見つけた。こんな友達が出入りしていた。
情報交換として、まあ普通にある光景だと思います。
言われる本人にして見りゃ、確かにそれはとても居心地がいい訳はないですが、
それとこれとは別問題で、その噂好きなご近所さんが素敵な人かどうかということと、
自分の犯した罪の話とすり変えてはいけない。
私は無断掲載という絶対に「ダメ」なことをした。
ちょっと性質が陰湿で、やらしい人が、それを理由に噂話を提供しようと、嫌がらせをしていようと、
それは私の罪を軽減するものでは決してないわけです。
要するに、私は議論のすり替えを、これまで必死でしようとしていた訳です

確かにあまり素敵な質じゃない人が明らかに2chには棲息していて、
私自身の個人的な問題を、必死であげつらおうという努力が見られてすごく腹を立てたわけですが、
腹を立てても、自分の方が正当であるなんて思ってはやっぱりいけない。
無断掲載はやっぱり罪なんですよ。
 

問題は「無断」掲載につきると思う

 投稿者:ひろき  投稿日:2003年 4月30日(水)15時19分1秒
  まだ2chにURLが張り出される前に早々に写真を見てくれたダンサーの一人が、
「素晴らしいウェブサイトだ。君たちの幸せを分けてくれてありがとう」と言ってくれたのは
今でも私にとっては宝で、そのメールは大事に大事にとってあります。
彼の言葉は一つ一つものすごく響いてきて、心がこもっていました。
「世の中には悲しいことがたくさんあるけれど、自分ができること(踊ること)が、人にこれだけ訴えることが出来るのだと知ることができて嬉しい。」という言葉をくれました。
読んだときは私は泣きました。ちょうど戦争やら何やらのニュースが飛び交っている時でした。
私は彼のこの言葉が死ぬほど嬉しかった。
そうなんだよ。あなたたちはこれだけ私たちの笑顔を引き出して幸せにしてくれる、
ものすごく良いパフォーマンスをしてくれるスーパースターたちなんだ。そのことをあなた達に
伝えたかったのだ、と。
私たちファンの写真、見てもらうことができて心から良かった、と。
要するに、私がしたかったのは、自分たちがもらった幸せを彼らに返したいということだったので、
それがかなったことを知った瞬間でした。
ただ、それは他人の顔を使った行為だったこと。それが問題だったのです。

ダンサーに写真を返すというコンセプト自体は決して間違いじゃないと、私は今も思っています。
そのことは何も問題がない。ただ、問題は勝手に他人の写真を使うな! ということです。

例えば私が、ダンサーさん一人一人にURLを配り、
まず最初に自分たちや連絡がつく極親しい仲間の間のものだけで、
お互いに写真出すよ、とOKをとりながら、写真を公開することから始め、
また、撮れた写真についてその写っている人が誰なのかを確認しながら、
出待ち常連さんを捜し出してこの写真載せてもいいですか?
という作業を繰り返し、許可をもらいながら同じことをしていたとしたら、どうだったろう、と思う訳です。
あるいは、写真を募集する形をとって、URLを公開し、本人が載せたいと思った写真だけを
ちょっとずつアップロードしていくという、そりゃあ管理と手間はだいぶ大変だろうけど、
まっとうな手順を踏んだ方法をとりさえすれば、私がやろうとしたことは、
本来やりたかった方向にちゃんと転がったはずなのです。

この場合は、自分の写真を外に晒すということについての嘲笑は放っておけばいいだけで、
自分がしたい「ダンサーへの返礼」という部分だけにフォーカスをおけば、たとえ自分の顔が
写ってようが、その写ってる写真を見て誰が「こいつ嫌いだった」と言おうが、無視すればいいだけで
何も問題はなかったわけですが、意志がない人の写真を載せたというその1点で、
全てが無に帰した訳です。

無断掲載。これが全ての問題の根元。
 

勝手な連帯感・自己の拡大解釈

 投稿者:ひろき  投稿日:2003年 4月30日(水)15時13分4秒
  私は、なんで何も考えず人様の顔が写った写真をアップロードしてしまったんだろう。
つくづくバカなことだけれど、真剣に何も問題がないと思いこんでた訳ですから、すごい思考回路です。
最初はね、結局ファンもダンサーも皆いい表情をしているから、ってそれだけの理由だった訳です。
ダンサーさんたちの表情の素敵さ。それはどの写真を見てもすごくいいな、と思えて、
どんなファンと一緒に写っていても、笑顔が本当にキラキラしていて、彼ら日本のファンが
多分大好きなんだろうな、と思いました。
これだけファンが群がるのはきっと日本だけだろうし(出待ちという行為をあまり海外で聞かない)、
彼らもこの状況を楽しんでいるのがありありと分かる楽しい写真ばかりでした。
ファンの群が苦手な人は、早々に違う出口から逃げる訳で、あの楽屋口から
わざわざ出てくる人たちの多くはファンとワイワイやるのが好きだった人のはず。
(彼女と一緒じゃない時だけ楽屋口から出てくるダンサーもいた。彼女は苦手だから正面から
 隠れるように帰っちゃうんだよね…。で、彼もそれにつきあっていたみたいなのだけど、
 彼女がオフで一緒じゃない時は、楽屋口に回るお茶目な人だった。いい奴だ…)
そして、その大騒ぎの楽屋口のお祭りを愛していたであろうと思えるのは、
私がアップロードしてしまった写真に写っていたファンの人たちも一緒で、
自分が見てきた公演を作ったこの素敵な人たちと一緒に写真を撮っている幸せというのが
笑顔全体からにじみ出ているようなものばかり。
どんな人混みの中でも、自分の好きなダンサーさんたちが出てきたというだけで
目が輝いているんです。うわー。みんなすごくいい表情をしている、というのが
私が写真を見ている時の率直な感想で、これをダンサーさんに見てもらわなきゃもったいない、と思った訳です。
事実、デジカメの小さい画面で、こんな写真があるんだよ、とダンサーさんたちに見せたとき
皆、中を確認しては嬉しそうに、ニコニコとするのが分かりました。
ああ、これはやっぱりこの人たちになんとかこの写真をあげなきゃ、ってそればっかり考えた訳です。
私たちファンが嬉しい顔をしてるのが、彼らには嬉しいのだ、というのがすごく嬉しかった。

ただ、私は困ったことに、「自己」を拡大解釈していて、
一般ファン全体という一つの総体として、自分とイコールのものとして捕らえてしまった。
AMPのファン=自分 という拡大解釈。 写っている全ての人が自分。
実際私の意識はそうだったのだと思う。だれの写真を見てもそこにいる人と気持ちがシンクロする気がした。
「幸せ」「嬉しい」という気持ちが皆シンクロしていると感じた。
同じものを好きで、同じ瞬間に同じ思いを共有している人たちはみんな
同じ意識の集合体で全て自己の延長という超拡大解釈。
それ故に、全てのファンが、ダンサーと一緒に写っている自分の嬉しそうな姿を
ダンサーさんに見てもらいたいに違いない。自分の写真なんだから何も問題ない、と。
ファンというものを、総体として自分に置き換えていて、個々の人たちが別の人格であること、
それぞれに権利も主張もある別の人たちであるということを認識することができなかった。
もう、こりゃただのバカです。
そして、もう一つ問題なのが、ダンサーに写真を返す方法としてウェブに載せるという安直な方法を選んだこと。
写真を彼らに返したいなら、一枚一枚刷って渡してあげればいいだけのことだったのだけど、
それを選ばなかった。要するに無精で、手間を惜しんでいたということなのだろう、と思います。
(ただ、他のメンバーの写真も皆欲しいだろうということや、全ての写真を持って帰るのは嫌だろうと思ったことや、
彼らのメールアドレスなどを聞くことはしたくなかったというのはあって、
こっちからオープンな場所を指定するのが一番だとどうしてもその時は思えた訳ですが…
でも、最初からパスワードを設定して、手渡しをするという方法をやはりとるべきだっただろうと今になれば思います。
結局無精したんですよね、彼らが帰る前にと急ぐあまり。)

もちろん、普通で言えば、別に自分の写真をダンサーにあげるってことは
嫌じゃないと思いますよ。それが自分の手による行為であるか、誰かがちゃんと自分に断りを入れてくれた、手順を踏んだ行為なら
でも、いきなり勝手に写真を、よその人も見られる場所に掲載されたんじゃ、誰だってイヤです…。
勝手に「自分の写真」として、赤の他人が自分のことをそいつ扱いして
アップロードされた日にゃ憤死ものでしょう…。
 

自分の罪と他人の品位の議論は別よね

 投稿者:ひろき  投稿日:2003年 4月30日(水)14時37分48秒
  若木サイト作るときも、ものすごく周到に若木さん本人やプラーミアに根回しし、
サイン会の情報を得るときでも、書店やその他の関係者にいちいちFAXで内容確認などを
してからサイトアップロード、など、そういう根回しを必死にやっていた数年前の私の姿は、
今回の件ではどこにも見あたらなかったなぁ、と本当に思います。

人を責めるのは簡単で、責任転嫁って容易にできるんだけど、
今回私がやっぱり一番に考えるべきは、自分が知りもしないところでいきなり
自分の顔が写った写真を晒された人たちのことで、
その人たちにしてみれば、本当に降ってわいた災難なんだってこと。

それを、誰が2chに投稿したかってことは、2の次、3の次で、そもそもどこの誰がそれを掲載し、
あまつさえ、不用意に赤の他人が見られる場所にURLを晒したかってことの方が
大問題なのは当たり前のことだよな、と。

私が怒りをずっと密かに2chにアドレスを載せた人に向けていたのは、どうみてもやっぱり
私自身の責任を回避したくて、言い逃れをしたかっただけだと思えます。

今回の私のような非常識なことをする人間を見つければ誰でも
「こりゃ、相当なアホだ」と思うだろう、と思います。
で、アホを見りゃ誰でも「アホだ!」と叫びたくなるわけで、どれだけのアホなのか興味本位で
覗きたくなっても、そりゃ無理はない。
興味本位でアホの行動を覗くというのは、それはそれでちょっとゴシップ好きのワイドショーっぽく下品な感じはしますが、
それでもワイドショーという番組があれだけ日中に堂々と性懲りもなくやっているのを見れば
世の中どれだけ、人の噂話や、自分と無関係な世界に生きていることが確認されている
よそ様の噂話が好まれるかというのは分かろうというもの。
アホな人間のよりアホな行動は、そりゃ見てれば面白いからね。
自分という人間がそのアホよりは相当優良であることが確認できて、すごく満ち足りた気分になる。
これは人間心理としてあると思う。感じわらうかろうと、そういうものです。
とりあえず赤の他人の噂話というのは、罪がない。相手が人間であろうと、
自分の声が聞こえないなら無関係だから。それは、モノと一緒なんです。
私もアホな行動をした時点で彼女たちにとっては「モノ」となったわけです。
そのことは、自分の責任以外の何ものでもない。

だから、私のAMPと無関係な他のサイトがさらされたことや、
この掲示板を定期的にチェックしにきては、2chにいちいち報告あげては嘲笑うという人がいるのも、
上品な行為かと言われれば、とても下品だと思うけれど、
(本当に写真掲載とはまったく無関係なサイトな訳で、単に私というアホの実態を暴きたいという、
 獲物を狩るのに似た衝動だけの行為だから、やっぱり下品だと思う)
案外、誰か自分の代わりにそういう下品なことをしてくれることで、こっそり喜んでいる人も
いるとは思う。自分がさらしたんじゃないけど、バカの行動は報告してくれる方が
私は面白いな、と思っている人も多分いるんだと思うのです。
人間の基本習性として、当然ある訳で、そういう心のありようはさもしくとも、
それを私自身の罪とすり替えてはいけない。
そういう人や、それを喜んで見ている人が下品だからと言って、自分がやったことの罪が
軽減されるわけでは全然ないのです。ただ、逆もまた然りで、私の愚かさがいかに大きかろうと、
問題の何の解決にもならない部分で、人をあげつらい嘲笑する下品な人の品位があがる訳では
全くありませんが。(しかも自分が被害者でないならなおさらです。)
ただ、自分より劣るものを嘲笑するという行為は、人の性としてあるものだと思います。
自分の自尊心を高めたい時に使う一つの手っ取り早い方法で、明らかに「あり」なのです。
理性のある行為ではないけれど、私が先に理性に欠けた行動をした訳だから、理性に欠けた反応で返ってきても当然というもの。
それをどうこう言って、居直るのは議論のすり替え。そりゃ、やっぱり自分で蒔いた種であり、身から出た錆。
 

で、結局削除した。

 投稿者:ひろき  投稿日:2003年 4月30日(水)10時47分30秒
  どうも、やっぱり自分で読んでいて不快だったので、一昨日の書き込みは削除しました。
だって、書いてること、居直り強盗なんだもん…。
自分を省みるということなしに、人に何かを要求することはやっぱりできないよね。

私が好きだったサイトさんを傍若無人に批判していた人たちについては
決して納得行くことがないと思うので、それについては、やっぱり思うのだけど、
私のことについては、そりゃ、無意味なののしりも出ようと思うのでした。
(ブスとオタクとリストカッターは、余計なお世話と思いつつ、腹が立ったら
 何でも言い立てたくなる気持ちはよくよく分かるので、そんなもんだと思います。
 ただ、実際に写真を掲載されて被害を受けて腹を立てている本人というより、
 どうもこれを言っているのはただの野次馬なんじゃないかというのが私が解せないところではあるのだけど…)

今回誰が一番反省すべきだったかと考えると、やっぱり私です。それは間違いないなぁ、というのが1点。
で、私はずっと、次に反省して欲しいのは、人の私信を盗んで2chに晒した人だと思っていたのだけど、
それは、人が見る可能性があるところに、晒した私の不用意さの方が問題で、
「メガネ地面においといたら、誰かが踏みつけた」って、それを怒ってもお前がアホなだけだろう?と
そういうことだな、と思いました。
踏みつけた人は、別に悪くない。だって、あるべきでないところにメガネがあったんだもの。
外にセミオープンになっている場所に、URLが貼ってあったら、そりゃ人に教えていいと思っても当然かもしれない。
だって、貼ってあるんだもの。持っていけるようになっているものを持っていって何が悪い?
それを人に教えて何が悪い? 同じことだろう? と当然言うと思います。
銀行のコミュニティボードに家庭教師やります掲示が貼ってあれば誰が持っていっても
いいってことで、家庭教師を捜していない人が持っていっても別に誰も責められない訳だし、
その電話番号を持っていった人がどこに晒そうと、それは家庭教師募集掲示板に置いた時に
そのリスクは覚悟すべきです。
しかも、今回私が置いたのは、私のものではないちょっと家庭教師やってみたいかもと言ってたかなぁくらいの、
赤の他人の電話番号の山。誰かが持っていってどっかに晒したなら、そりゃ、最初に勝手に人の電話番号書いて晒したバカが問題です。
しかも今回は、電話番号という誰でも個人情報だと分かるようなものではなく、一応「オープン」という建前のwebアドレスです。
その中に人の写真が載ってようが載ってまいが、おもしろ半分に巨大掲示板にそのURLをさらす人がいても
それは「オープンという建前はあるじゃん」と誰でも言うと思います。
URLを不特定多数がアクセスする場所にさらすかどうかより、
もともとオープンであることが前提な場所に載せちゃいけないもの載せるあんたが悪いだろ? と。
ごもっとも

自分にコモンセンスがなかったってことがやっぱり一番の問題だな、と改めて思うのです。
コモンセンスが一番欠如していたのは、やはり私。
そんな時に、人にコモンセンスを要求するな、と。

そんな訳で、あまりにも不遜な私の発言は一旦削除。
そして、2chの話はキリとしましたが、やっぱり私にはキリがつかないので
もうちょっと書かせてもらいます。 不快な話につきあわせてごめんなさいね。

でもこの掲示板は常に私の悩みうち明け所でもあったから、ちょっとだけご容赦。
 

感じ悪いなぁ、私

 投稿者:ひろき%管理人  投稿日:2003年 4月28日(月)16時36分28秒
  どうも、大人げないなぁ、と自分でちと思った。
下の書込、自分で読んでても不快だぞ。消そうかな…。
なんか、腹を立ててる人の言葉ってトゲトゲしてて嫌だね。我ながら感じ悪いわぁ。
人のやるどうにもならないことにケチつけてるのは私も一緒だね。
(でも、私、人様のサイトを2chであげつらってるのを見るのは本当に嫌いで、
個人サイトやその運営者、参加者をえらそうに批評している書込見るといつも腹が立ってたので、
これは取り下げない。今回私がお世話になっているサイトさんが結構批判されていて、
もんのすごくむかついていたので、ちとこれを機会に言ってみた。あーすっきりした。)
 結局コミュニケーション不全なんだろうな、私も2chの人も。
 そもそもウェブがパブリックスペースであるということに対する感覚が欠如してるって意味では
 2chも私と全く一緒。

これでこの話はキリにします。2チャンの話はここではしないってことで、
あちらでの書込にここで反応するのもなし。(でも参加はするのさ。踊る名無しはどこまでも…)
匿名掲示板ってやっぱりいいかもね。所詮私もチャネラーってことか。
(でも書込は去年の公演決定以降だから割と新参なんだけどさ)

ちなみに、イズミをまだゲットしていない私…。デュアルって見つけられない…(しくしく)
 

リストラクチャリング

 投稿者:ひろき  投稿日:2003年 4月22日(火)21時36分8秒
  暖かい言葉をありがとうございます。
少し泣けてきます。

せらみん、お久しぶり!
懐かしい人に次々と会いますね。嬉しいけれど、少し複雑な気分。

閉鎖作業をしようと思いながら色々とバタバタして手が着かず。
いきなり白紙に戻すのはリンク先への連絡なども大変なので、
インデックスページを書き換えなくちゃいけないのだけどわたわたしてます。

言葉の持つ力というのを、考える今日この頃。
悪意にさらされて傷ついたのも「言葉」の持つネガティブな力でやられたという経験で
またこうやって皆さんに言葉をもらって幸せになるのも「言葉」の持つポジティブな力によるもの。
というか、言葉そのもに力があるというより、使う人の意志によって言葉が力を持つんだな、と。
結局人を動かすのは人でしかないなぁ、と思います。

ネガティブな閉鎖じゃなくて、ポジティブな閉鎖にしたいな、と今頭が猛烈な勢いで回転しています。
閉鎖と言わず、一つの区切りなのかもしれない、と思っています。
それは、つまり新たなスタートを考えるということで、
フェニックスが燃え尽きて灰からまた新たに生まれ直すみたいになれたらな、と。

自分のしたことが何か間違っていただろうか、と振り返ると
別に何も間違ってなかったと思います。(人の写真をさらしたこと以外は)
匿名掲示板という場における傍若無人な悪意にさらされたことで、
色々考えましたが、友人が、チャネラーに攻撃される人は
だいたい良識のあるまともな人ばかりだと言ったのを聞いて、
少し自分に自信を取り戻したり…。そうか、私、まとも?
「ええ、まともですとも!」と考えるのです。
まあ、世の中には色々な人がいる、ってことで、これも経験でした。

そして、やっぱりこの「場」を何らかの形で継続して行こうと思っております。
若木ファンサイト・小沢ファンサイトとしての機能はかなり縮小しますが。
もっと地味な、私と、私の言葉の小宇宙を守る場として小さく小さく本宅のさらに縮小版として
生かしていこうと考えています。
自分の手でメンテができる範囲で、風呂敷を広げすぎずに頑張ってみようかな、と。

沢山の優しい気持ちをありがとうございます。
だいぶ元気になりました。まだまだ、「語り魔」はしぶとく生き残りますとも。
多少の縮小、リフォーム・リストラは必要だけど、リストラって「リストラクチャリング」つまり
再構成のことであって、よりよくすることなんですよね。

マイ・サイトのリストラ、頑張るです。お…元気になってきたぞ。やれそうな気がする…。
 

おつかれさまでした。

 投稿者:せらみん  投稿日:2003年 4月22日(火)14時09分0秒
  とてもとても長い時間ご無沙汰していました。お久しぶりです。
定期的に覗きには来ていながらも、「語る」ことばを失くしかけている自分に怯えて、
ずっとROMに徹していました。
ずっとずっとずっと、ここが大好きでした。
きっとこれからもずっと、大好きです。

何を伝えればいいのか、わからない思いが渦巻いています。
ただ、この場所が大好きです。そしてひろきさんのことも、大好きです。
おつかれさまでした。
そして、ひろきさんの言葉を、これからも目に出来ることを願っています。
 

私も

 投稿者:帷 宮古  投稿日:2003年 4月19日(土)15時41分4秒
  ひろきさんがやりたいようにするのが一番良い事なのだけれど、
私の我が儘を云ってしまうと、ここだけは残ってて欲しい。

と、思っています。

http://miyako.pos.to/

 

お久し振りです。

 投稿者:黒猫-KURONE-  投稿日:2003年 4月19日(土)03時04分11秒
  えっと、頭が真っ白で、なんて言っていいのか分からないのですが。

正直、あんな場所のせいで自分が大事に思ってる場所が潰されてしまうのが、
悔しいというか悲しいというか。
なんていうと、余計に私が攻撃対象を増やしていることになるのかな?(苦笑)

ずっと、ご無沙汰していたのに、突然、ごめんなさい。
だけど、ときどき覗きに来ていました。
いっつも、書こうとするのに文章にならなくて、後で書き込もうと思って引き返して、
そのままズルズル時間だけが過ぎて、ということの繰り返しでしたが。

去年、LOVE WAYを改めて読んだときも、本当は、ここに来ていました。
なんか、LOVE WAYっていうと、ひろきさんだったのです。
LOVE WAYの語りを読んで、あの話の読み方が変わったりもしたし。
気づくと、若木さんの新刊が出ると、ひろきさんはどんな語りをするのだろうって
心待ちにしてる自分もいました。
本宅にあった小説や日記も、何気に更新を楽しみにしてました。
このサイトは、生身の人間を感じれるから。

掲示板だけは、ずっと、残していて欲しいなって思います。
そしていつか、それ以外の文章が復活する日を願っています。
ひろきさんが語る言葉、大好きだよ。


本当は、4月から勤労学生になりましたって、報告に来ました。
いっつも、酷い精神状態の時ばかり来てる気がしたので、
たまには元気なときにも書き込んでみようと思って(笑)

またいつか、どこかで会えるかな?
それとも、ここでは、ずっと会えるかな?
って、リアルで会ったこともないのにいう台詞でもないかもしれませんが。。。
 

ありがとう。

 投稿者:和泉祐偉  投稿日:2003年 4月14日(月)08時26分11秒
   ひろきさん、こんにちは。
 ここに書いたひろきさんに起こった出来事と気持ちを全て読みました。
 語り魔の特にこの掲示板は、ひろきさんにとっても、訪れて書き込んでくれた人にとってもとても大事な場所だと思います。この掲示板があることによって知り合いになれた人もたくさんいますよ、きっと。わたしにとって必要な場所です。ここに来て書けばひろきさんに逢える(ひろきさんの書く言葉をもらえる)という大切な場です。
 語り魔もこの掲示板もひろきさんに出逢えた場所で、いろんな人に出逢えた場所でわたしはとても感謝しています。本当にどうも有り難うございます。

『掲示板はね、もしかしたら残してもいいかも。「いつ来てもあるのが安心だ」とこれまで言ってくれた人達のねぐらとして、これは残さなくちゃいけない気がするから。
いつでも開いている寝床として、この掲示板は残します。』

 と書いてあるので、もし無理じゃなかったら、この掲示板は残して下さると嬉しいです。
 まさに仰しゃるとおり、「いつ来てもあるから安心」なのです。
 我が侭ですが、せめてものお願いです。
 どうかお元気で。わたしの方はいつでも暇なので今度お茶や食事に誘って下さい。都合の良い日時を選んで実際に顔を見て話が出来ると良いなぁと思うので。逢いたいです。
 

今思えば…

 投稿者:ひろき%管理人  投稿日:2003年 4月12日(土)16時07分52秒
  掲示板に書いた言葉がほとんどだったんだなぁ、とサイトを見返して思う。
掲示板が残っていれば、このサイトの「肝」は残っているのと同じ?
まあ、じっくり考えます。

数日2ch見に行ってないけど、今頃またさらされてるのかなぁ〜。見ない方が「知らぬが仏」なんだけど、ちょっと気になりますね、あれって。
友達が「だんだん面白くなってきた」とか言っていた。
そうか、面白いのか…。ウェブトラブルにはここ数年全然巻き込まれてなかったから(掲示板上でもトラブルメーカーあしらいには慣れていたんだが、自分がトラブルメーカーになるとはまさか思いもせず)ある意味新鮮だわ。
やはり閉鎖的なサイトにしたのが、何よりの問題かな。
一般ファンの肖像権の問題については、厳粛に受け止め、それ以外の部分は笑ってやり過ごすのが得策だと思いつつ、平静でいられない私…。
うーん、どないすべぇ。

ということで、『語り魔』の取りつぶし作業に入ります。
 

 投稿者:ひろき%管理人  投稿日:2003年 4月10日(木)16時43分35秒
  『語り魔』のサイトをつぶします。どういう文脈なんだと驚く人がいるかも知れませんが、流れの中で、踏ん切りをつけました。今ちょっと、ftpパスワードを忘れるという大ボケのために手をつけかねていますが、数週のうちに、このサイトをつぶします。(そんな訳でパスワード初期化中のためメールも今読めません。あしからず。数日のうちに読めるけどね。)
これまで、延べ7万の人が見てくれたサイトの終わりが、こんな訳の分からないもので申し訳ないけれど、もう更新することができないと思います。
若木未生作品を愛していること、小沢健二を愛していることには変わりなく、思って胸を締めつけられるような気持ちにはまるで変わりはないのだけれど、テーマを持ってサイトを運営することの限界が、私にあります。サイトを維持することに力を傾けられない。その不誠実は、なんだか自分で気分が悪いのです。まさに良い機会だと思うのです。
語り尽くせない言葉を抱えたまま、畳んでしまうのは少し悔しい。もっと語りたい言葉はたくさんあるのだけど、それはどこかで小出しにするしかないかな、と思っています。更新のないサイトは死んでいるも同然。半死半生で生かし続けてきましたが、2chで嘲笑を受けた痛みは、ちょうど私に踏ん切りをつけさせるいいチャンスでした。
それでも、私は「書く」こと、「言葉を綴る」ことからはどうあがいても離れられない素人字書きで、これはもう「血」でしかないと思うので、何らかの形でこれからも言葉を綴るのだと思います。でも、今の形の「語り魔」は、もう潮時だな、と。
掲示板はね、もしかしたら残してもいいかも。「いつ来てもあるのが安心だ」とこれまで言ってくれた人達のねぐらとして、これは残さなくちゃいけない気がするから。
いつでも開いている寝床として、この掲示板は残します。それから、若木さんの同人誌情報も。これはアーカイブとして。それ以外の言葉たちは、しばらく封印します。一つ一つの記事に思いは残っているのだけれど、残してきた言葉も風化しているから。一つ一つ大事にしながら、しまっていきます。

 6年間、おそるおそる綴った言葉に、返ってくる声にずいぶんと元気になりました。自分が愛しいと思うものを同じように愛してくれる人へときちんと言葉をつづれていたのかと思うと、それは全然足りなかった気もします。それでも、自分が精一杯の思いで書きつづれば、必ず同じ思いで返してくれる人がいたこと。その経験は、私が自分が綴る言葉に自信をつける大きなステップでした。
6年かけて、私は自分の書く文字に少しだけ自信を持つことが出来ました。言葉を商売にすることはこれからもないと思います。それでも、私はやっぱり書き続けると思います。自分が感じた思いを、少しずつ、あるいは一息に語るのは私がいちばん雑念を払ってできる楽しみの一つだから。「語り魔」という名に嘘がないと思えるほど語ることが大好きだった私につきあってくれた皆さんに感謝します。
 

 投稿者:ひろき%管理人  投稿日:2003年 4月10日(木)16時39分9秒
  また彼らに会うことがあったら、最敬礼をしてあなた達に出会えて良かったと伝えたい。彼らがくれた、笑顔や優しい言葉や、何よりもあの踊りが、私を満たしてくれていて、私は他のことがあまり目に入らなくなっています。
「自分がしていること(踊り)が、誰かをそれだけ動かすということを知ることができて僕は本当に嬉しい」と言ってくれたダンサーの一人。
そうして踊ることを誇りに思ってくれたのなら、どれだけ非難されても、私は構わない(一般個人の肖像権の問題とは別の話で、それは許されない行為であることには変わりないけど)。少なくとも彼は、私と姉の伝えようとした「ありがとう」の気持ちを汲んでくれた。そして最高のパフォーマンスを楽日に私達に見せてくれた。それだけで倒れそうなくらい、私は幸せです。彼らに感謝を。心からの感謝を。今も、これからも。ずっと感謝したい。
AMPの全ての人に、スタッフも含めて心の底から感謝をしています。

確かに落ち込んでいるのです。気持ち悪い姉妹だった、とか、色々具体的に言われるのは楽しい気分ではないのです。つまり、少なくとも周りを不快にする行為を取ってたんだろうな、と思うと私も反省しなくちゃならない。(確かに興奮状態であまり感じのいい人にはなってなかった気がする。しかし、その私でさえ感じ悪いなぁ、この人、と思う人が他にもたくさんいたことを思うと、人間興奮状態でろくでもないことをしまくるのは本当なんだなぁ。ダンサーさんの日本人のファンへの心証の悪化に繋がらないかと少々不安だわ…私が言うな? そうかもね。でも本当に、人を突き飛ばしてる人とか、他の人にはおなかが空いていて急いでるらしいからとダンサーを気遣う振りをしながら、単に他人を押しやっておいて、一人だけ写真に収まっている人とか見たよ…すごいと思った。びっくりした)
でも、それら全ての嫌悪の固まりの言葉を跳ね返すほど、彼らが私や私の姉にくれた笑顔や、たくさんの言葉が、バリアになっている。どっかで失敗はしてたのだろうけど、わざわざ探して私達を見つけに来てくれたダンサーさんたちの笑顔に嘘はなかったと信じたい。不思議なことに、姉が寝ずに必死で書いた手紙を手渡した時にパッと顔中に広がった彼らの笑みを思い返すだけで、幸せになれる。今日のあの踊りが素敵だったからと花を一輪渡した時の信じられないというような驚きの顔と直後に広がった満面の笑みを忘れない。自分の踊りに誇りを持ってもらえるなら、私も姉も何でもするよ。だって、そのくらい彼らは素敵だったから。

尽くしたさ。尽くしましたとも。お金なんて給料2ヶ月分くらい軽く飛んでるよ。花屋さんに顔覚えられるほどお花も買ったさ。姉なんて、毎晩徹夜して手紙を書いてたさ。毎晩泣いたさ。折り紙を毎日折って、カードに託したさ。
愛してるって、どれだけ伝えても足りないくらい、彼らを愛してる。
会えなくて、寂しくて寂しくて仕方がない。彼らの公演がないこの日々の空虚さをどう埋めていいのか分からないほどです。
 

 投稿者:ひろき%管理人  投稿日:2003年 4月10日(木)16時36分49秒
  今、色々な感情がごちゃまぜです。
AMPの白鳥を生で見続けた6週間の幸せについては他の何ものにも替えようがなく、たくさんの大切な友人と共有できた幸福の時間でした。

とても特別な人となったジーザス・パスターというたった一人のダンサーへの感謝の気持ちと、特別な時間をくれたダンサーさんたちへの感謝の気持ち。
それを表すため、生まれてはじめて実名でサイトを出しました。私のハンドルと実名がリンクされる恐怖はあったのだけど、それでも。
サイトを掲げていると、このサイトへ嘲笑ももれなくついてくる。見なきゃいいんだけど、AMPの情報のために見てしまうし…。写真を晒されてしまった名前も知らない人達の傷は棚上げにして、私は自分の気持ちがさらされて、興味本位で覗かれることに恐怖してしまった。だから本宅は掲示板にURLが載った翌朝、つぶしました。つぶしたという行為についてもまた笑いものにされているのだろうし、写真を載せられちゃった人は、私の傷はもっと深いよ!と怒るだろうけど、潮時だな、と思いました。(まあつぶしたところで、検索のキャッシュにしばらく残っちゃうからあまり意味ないんだけどね。でも大もとがないとなると気分が楽)6年間大事に培っていた自分の「言葉」を笑いのタネにされることへの恐怖から、勢いよく逃げ出した私を、それでもいてもいいよと許してくれる人は、いるのかな?(生きている間中大事にしているその人自身の姿というのをさらした私の罪の方が大きいのだろうけど)
少なくとも数人は知っています。祐偉さんも多分その一人ですよね。
そして友人の何人か。だから、案外平気なんだな、と思います。

今落ち込みながらもAMPの白鳥ことを考えて、幸せに浸っています。
この6週間は私にとってなんだったのかとずっとずっと考えています。
たくさんのことを考えたし、たくさん泣いたしたくさん笑った。彼らにもらったものは計り知れなくてどれだけ感謝してもしたりない。立ち上がれなくなるほどの感動というのを、初めてバレエ公演で味わった。眠れずに一晩中泣いて過ごすような公演を初めて知った。仕事をしている途中で思い出して突然涙があふれ出してしまうなんて経験、さすがに初めてだった。
ただのバレエ公演なんかじゃなかった。
大仰だけど、生きてることをものすごく生に感じたし、すごいエネルギーをもらった。私にとってのナマモノって、いつだって自分がその瞬間に生きていたことの証として残っていくものなのだけど、今回の公演はそれに加えて、本気で生きてるか? という問いをずっとくり返し私に投げかけていた気がします。

白鳥たちの渾身の踊りは日によって、わずか数秒で私を涙と鼻水まみれにさせるようなものでした。生きてる。一人一人本気で生きてる、というのがエネルギーでどっと押し寄せてくる快感。
あれを知ってしまったら生半可なパフォーミングアートでは満足なんかできなくなります。
主役が誰とかそんなのなしに、アンサンブルの踊り一つ一つだけで、涙が出るような美しさでした。美しいというのは技術とかじゃなくてね、魂として、なんだけど。それを感じられる公演だから、何度でも通いました。何度でも泣いたし、何度でも出待ちして出てくる一人一人のダンサーさんたちにお礼を言って回りました。何度でも。何度でも。また何度でも同じことをすると思います。他のファンの人たちは、「鬱陶しい」「邪魔だ」「押しつけがましい」と怒るのだろうけど、私は彼らが踊ってくれるなら、ずっと続けると思う。あなたの、今日のあそこの踊りがすばらしかったと伝えた時の、彼らの満面の笑みを私は忘れられない。そして、踊る姿を見せてくれる彼らにどれだけの感謝の気持ちを捧げても足りない。
 

 投稿者:ひろき%管理人  投稿日:2003年 4月10日(木)16時35分33秒
   彼らが踊ってくれることが嬉しくて嬉しくて、この数週間彼らのことばかり考えて、毎晩のように泣いたり笑ったり、睡眠時間ほとんど1時間とか2時間で過ごしてました(これは白鳥公演見た全ての人に共通の症状だってのが笑えるんです。みんな食欲不振と睡眠不足に悩まされているのに幸せ)。もうろうとしてるのに、どこかだけが冴えているという異常な生活を1ヶ月半続けて頭がどっか狂ってると思います。なんだか彼らの公演がもうないという空虚感と自分のやってしまった最低な大失態に泣き崩れるかと思うと、彼らの公演や笑顔を思い出して天にも昇る心地になって、また涙を流したりと、ものすごいアップダウンを2時間おきくらいに繰り返していて、「変」。あきらかに「変」なんです。

それでも、今は幸せの方が大きくてアムカには発展しそうにないので、安心してね(祐偉さん、宮古さんへ私信)

不安定という意味では未だかつてないほど不安定なのだけど、幸せという意味ではこれまた未だかつてないほど幸せ。(死にかけて戻ってきた時に3日くらい嬉しくて嬉しくて眠れなかったのと同じくらいの幸福感に満ちている。要するにトリップ状態)

好きすぎておかしいというのは、こういうことなんだな、と思う。

迷惑をかけてしまった他のファンの人には、本当に申し訳ないことをしてしまいました。多分これからはずっと私はバレエファンの中では後ろ指を指され続けるでしょうし(何しろ面が割れている上にバレエファンの世界は結構狭い)、快く思わない人はたくさんいると思う。でも彼らのアドレスなどの個人情報を聞き出さないままで、彼らに他の人の写真を見せてあげる方法が他に思いつかなかった。バカだな、と思うけど、もう今更遅い。そのことで、他の一般の人のプライバシーを晒していいのかという問いに、私は全然気づいていなかった。本当にバカだと思うけど、本当に今更遅い。
ただ、彼らが喜んでくれるなら、何でもしたいと思っていました。私は彼らの笑顔が見たかった。
だからやっぱりファンの人が写っていないものであれば、写真は置いたままにすることにしてるのですが。これについては、悪いことだとは全然思えないんです。多分チャネラーの中では最低な押しつけがましさだと非難されるのでしょうし、ダンサーの肖像権がどうだとか言われるのだろうけど、別にいいや。彼らが望んだものをあげたい。
 

続くのよ

 投稿者:ひろき%管理人  投稿日:2003年 4月10日(木)16時32分57秒
   好きすぎておかしくなりそうなくらい、AMPの白鳥たちに心を奪われました。
楽日の夜ようやく寝入った二時間後、明けの5時に目が覚めたら、今日は公演がないんだ、と放心状態でした。(そして今日も2時間しか寝てない。)身も心もお金も全部AMPに捧げた6週間だったと思います。

 好きだという気持ちはどれだけ叩かれても変わらないし、別に誰に認めてもらわなくてもいい。ただ、そのことで私はとんでもない常識をぶっとばして、他のファンに迷惑をかけてしまいました。そのことがまた彼らへの迷惑であることは間違いなくて、いくらなんでもその不用意さは、あんまりだと、自分でも情けなく思いました。

このサイトが出来たときから、私は1億総ROMと思えと、掲示板に来る人に言い続けてたのに、自分でその禁を冒して人様の顔が写った写真を許可もなくウェブ上に置くなんていう大暴挙。そのことは、抗議と非難を受けて当然だと思います。それと、何か不愉快な行為をしたのならそれを非難されても仕方ないと思います。でもそれ以外、誰がどれだけダンサーの人達と仲良くなろうと、放って置いて欲しいと正直思ったりします。(アダムに近づけないから他のダンサーに行ったのかだとか、ものすごい余計なお世話のお言葉を読んだときには、なんだかなぁ〜と虚脱感…。最初こそアダムと首藤くんが見たいというパッションだったけど、この公演、終わりに行けば行くほどアダムのことなんて目に入らなくなっていったくらいだったし…。終始一貫アダムしか見なかった人はある意味立派だけど、アダムや首藤康之でさえ食う勢いだったコール・ドのダンサーの一人一人の踊りをしっかり見られたことが私は何より嬉しかった。ラスト2公演なんて、いつもパッとしない子まで、どうしたのかと思うような息をのむような踊りで、涙が止まらなかったもの…。そして最後までコール・ドに食われることがなかった唯一の白鳥、ジーザス・パスターというダンサーの偉大さと、彼に対する私や姉や、そのほかのオーディエンスの思うだけで泣いてしまうようなこの気持ちをどうかそっとして置いて欲しい。ジーザスは、誰よりあのスタンディング・オーベーションを受けるに値するダンサーだった。本楽を彼にあげたかった…。彼こそ金銀の紙吹雪と羽に相応しい人だった。長年愛してきた首藤康之を横に置いてさえ、そう思う。そのくらい彼は美しかった。心から尊敬しています)

私がきっとあまり感じのいいファンでなかったのは事実なのだと思います。それでも、彼らが好きだ、ということは全然変わらない。その好きだという気持ちまで踏みつけられると、放っておけばいいと言われても少しきつい。まあ、そのくらい目に余る逸脱行為だったんだろうな、私は…。
撮れた写真をデジカメの小さい画面で見てすごく嬉しそうにしてた彼らにじゃあどこかにアップロードしようか? と言ったら「本当? URL教えて」と嬉しそうにしたのを見てたががはずれてしまいました。どうしても見て欲しかった。幸せそうな彼らと取り囲んでるファンの写真を彼らの家族や友達に見てもらえて、彼らが日本でどれだけ愛されていたか教えてあげられたらどんなにいいだろう、と。だからと言ってやっちゃいけないことはあるんですけど。

 落ち込んでると書いたのに、彼らのことを書くと幸せになってしまうのは何故だろう(笑)
公演のこと、ジーザスの踊った白鳥のこと、首藤さんの28日の公演のこと、アダム・クーパーというカリスマのこと。ダンサー一人一人との会話の記憶、ダンサー一人一人の踊りを堪能した記憶。思い出していると幸せと切なさが満ちてしまって落ち込みどころではない。トリップに近い状態になってしまって、異常な目をしてる自分がいるのが分かります。また涙があふれ出して止まらなくなります。大好きだよ、ダミエン、ライアン、ローリーン、キム、レイン、ニック、クリス、オリアーダ、ルパート、サイモン、ギャヴ、マイケル、エマ、ゲイリー、フィオナ、ヘンドリック、みんなみんな大好き。あの幸せな公演を作ってくれるあなたたち全員に感謝してる。
 

ありがとう&色々&お知らせ(超長文)

 投稿者:ひろき%管理人  投稿日:2003年 4月10日(木)16時30分1秒
  祐偉さん、ありがとうございます。
実はちょっと落ち込んでいます。この書込も見られてまた笑われるんだろうな、と思いますが、私、大失態をやらかしまして、某匿名巨大掲示板でさらされました。
自分の責任なんですけどね。
(しかしさらされつつ、そこにも出入りしている自分の太い神経にもあきれますが。
 さらされてる本人のまた次の書込みには、感謝や賛同の言葉がきたり、不思議な空間…。
 おそらく全員が似たり寄ったり浮いたり沈んだりするんだろうな。)

この1ヶ月半、白鳥にひたりきっていて、思考が停止していました。
日常生活の全てを奪い去るような公演でした。(4/6で終わったのです。心にぽっかり穴があいた気分)
同じ演目を23公演も立て続けに見たなんて初めてでした。(それでももっと見ている人も山ほど!ほとんど全公演見ている人もいる凄まじい吸引力の公演でした。)
また、一人のスターが生まれるのにずっと立ち会ったというのも幸せな経験でした。
見てない方には分からない話で申し訳ないのですが、ジーザス・パスターはすごすぎる!
本当にこの公演、彼に出会えたことが最大の収穫だというのは、彼の白鳥(特に最後の方)を見られた人、誰もが思ってることだと思います。
 彼がダンサーであることにまず感謝したい。踊ってくれることに感謝したい。彼が踊ってくれてそれを見られるなら、他に何もいらないと思うほど。彼の白鳥に恋してしまった。彼の最後の2公演は、思い出すだけで涙が出てきて、今も書いてるだけで涙が溢れてきます。私にとって最高の「公演」は28日の首藤康之さんのものだったけれど、今回最高のダンサーは、間違いなく彼だと思います。誰よりも輝いていました。しかも日ごとによくなるなんていう魔法を見せてくれて、あのあまりの勢いは、まさに飛び立つ白鳥を見送る地上の人間の気分。本当に誰の心も溶かすような笑顔で話をしてくれた彼が、どんどんと高みへ駆け上がっていくのを見送ることができて、私は心から幸せでした。
 最後2日。彼はいつもの私たちが「カワイ〜」ととろけ出す雰囲気ではなく、精悍な男として、スターとしてそこに君臨していました。ステージの上での貫禄は、初めの頃とは比べものにもならない。あまりのかっこよさに、溜息が漏れるほどでした。
 そして、アンサンブルの一人一人の顔と名前の見分けがつくくらいまで見込んだ公演なんて始めてでした。(長期公演ってすばらしい) 今日の誰はすごく調子がいいとか、あれ?どこか背中でも痛めたかな?とか。そんな一人一人が愛しいAMPという全体が、ものすごい気迫で踊っていて、その気が充満していたラスト2公演。この世のものとは思えないようなできでした。はじめから終わりまで涙が止まらなかった。
 そのくらいすばらしかった。15年以上バレエを見てきてこんなに腹の底から泣いて嗚咽が洩れるような公演なんて知らなかったし、思い出してもボロボロ涙が溢れて止まらないなんてことも今までありませんでした。
 

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